オルゴールとの出会いをあなたに

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オルゴールとの出会いをあなたに
AND HEARTにお越し下さりありがとうございます。
オルゴールについて、皆さまに様々な角度から知識を深めて頂ければという思いから、このコンテンツが出来ました。 随時更新・加筆修正して参りますので、時折覗いてみて下さい。あなたとオルゴールの出会いのきっかけになれば、嬉しくおもいます。

第一章:オルゴールの歴史

時計・鐘・オルゴール
一見接点のなさそうな3つの単語が並んでいますが、オルゴールの歴史を紐解いていくと、実はこの3つの道具は、発明と着想・技術進化の過程で密接に関わっていました。

この章では、オルゴール誕生までの経緯から現在に至るまでの流れをざっくりご説明したいと思います。どうぞお付き合いくださいませ。
太古の人たちの時間の概念
コンコルド広場のオベリスク(日時計)


太古の人たちは、太陽の位置で時刻把握していたと言われています。暗くなれば寝て、明るくなれば起きる自然にあわせた健康的なサイクルで生活していたようです。やがて、文明が発展していくにつれ、人々の間で約束事やルールが作られていきます。

例えば、現代に生きる私たちは約束や契約を交わす時、必ず時間や期限を伝えます。そう考えると「時間」を明確に伝えられないこの時代は、おおらかでありながらも不便だったのではないかと想像できます。

過去の文献を調べてみると、紀元前5000年頃、エジプトではすでに日時計が使われていたようです。日時計は太陽の動きによって、位置が変わる影を観察しておおよその時間を知る時計です。日時計は、太陽が遮られる雨の日や夜間は利用できませんでした。

紀元前3400年頃には、ポリネシア・ミクロネシアの航海士により、特定の星や星座の軌道と水平線の高さを手がかりに、船位測定を行う「スターナビゲーション」と呼ばれる伝統航海術が出来上がっていたと言われています。位置や距離を測定出来る計算方法ですが、時間は、目安程度に考えられていたようです。

また、水や砂の流れる速度や、火・ロウソク・オイルなどの安定して燃焼する自然の力を利用して一定の時間を計っていたようです。

日本に残る最古の文献「日本書紀」には、飛鳥時代671年6月10日に、後の天智天皇「中大兄皇子」が漏刻(水時計)を作られたと記載されています。しかし、660年に漏刻を作ったと書かれている文献もあり、真相は分かっておりません。日本最古の漏刻は明日香村で発見され、その原寸大復元模型は、奈良県明日香資料館に展示されています。

江戸時代初期になると、1日を2つにわけて、夜明けを昼、日暮れを夜とし、それぞれ6等分にしその長さを一刻(いっとき)と呼ぶ不定時法が主流だったようです。当時の時計はたいへん高価で、一般庶民に手が届くものではありませんでした。そこでお城やお寺では、人々に時刻を知らせるために「時の鐘」を鳴らしていたそうです。

また、遊郭では線香を炊いて時間を計り、その本数で代金を勘定していたのだそうです。「玉代」「花代」の他に「線香代」と呼ばれる所以は、その頃の名残だと言われています。
現代では、物理学者であり芸術家でもあるBernard Gitton(ベルナール・ジトン)のサイフォン効果を利用した水時計が、兵庫県JR加古川駅や愛知県地下鉄矢場町駅前に設置されています。精度もよく芸術性にも優れていて、モニュメントとしても人気のスポットになっています。
博学者たちの足跡
当時の博学者は天文学や物理、技師や医師など様々な職業を兼任する事が多かったそうです。星や太陽の位置から時の経過を数値化し、時計にするまでの一連の流れと共に様々な知識や技術を習得する必要があったのでしょう。 さて、世界の時計に関する文献を調べてみる事にしましょう。

1092年、唐の密教僧であり天文学者蘇頌(ソショウ)の一行と役人リャンリンザンにより天文道具を時計に応用した水運儀象台が作られます。

1206年、ジズレ(現在のトルコ)のアル・ジャザリーにより歯車とおもりを組み込んだ水時計が作られます。また、その技術を応用して、オートマタの制作にも取り組みます。当時画期的だったアル・ジャザリーの発明に、ガリレオは興味津々だったと言われています。

また、イタリアでは、医師・天文学者・時計技師であるジョバンニ・デ・ドンディが歯車を使ったアストラリウム(天文時計)を16年かけて作り、1364年に論文にまとめました。

Luigi Pippaが再建したアストラリウム


1583年、イタリアのガリレオ・ガリレイが振り子の等時性原理を発見し、それを元にオランダのホイヘンスが振り子時計を作りました。

ホイヘンスの振子時計


続けて、巻きひげぜんまいとてん輪を組み合わせた、てんぷぜんまいに脱進機を取り付けた時計を作ります。

ホイヘンスのてんぷぜんまい


天文学や物理学によって発見された法則を、技術に応用したこの時代は、時計の精度が飛躍した時代とも言えるでしょう。
人々に時を告げる鐘楼
ブルージュの鐘楼


中世のヨーロッパでは、教会の鐘楼の鐘の音が、毎日朝と夕方と夜の3回響いておりました。その音で人々は時刻を知る事が出来ました。

鐘楼には2種類あり、1つの鐘が鳴る場合をベル、複数の鐘が旋律を奏でる鐘は、カリヨンと呼ばれるようになりました。カリヨンはラテン語で「四個で1組」という意味だそうです。
15世紀のパリを舞台に書かれたヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」はミュージカルやバレエ、オペラでも公演されている有名なお話です。ディズニーのアニメ映画にもなり「ノートルダムの鐘」と邦題がついています。主役のカジモドはノートルダム大聖堂で大きな鐘を鳴らすのが仕事でした。電気がなかった頃のヨーロッパの人々の暮らしを今に語り継ぐ物語の一つです。
カリヨン動力部の進化
バトン式カリヨン演奏の様子


さらに、カリヨンは美しい旋律を奏でるために、鐘の数を増やしていきます。

鐘の数が増えるとともに、動力部に手と足用の鍵盤がついたバトン式カリヨンが誕生しました。バトン式カリヨンはオルガンに似ていますが、鍵盤をこぶしで叩くように演奏するのでとても迫力のある演奏になります。

当時の鐘楼は、特に決まった規格がなく、それぞれオリジナルで作られたもので、音楽の知識とカリヨン演奏のスキルのある人にしか演奏する事が出来ませんでした。

ドラム式カリヨン


そこで、機械仕掛けの自動演奏装置が開発されます。巨大なドラムを回転させて、自動で複雑な旋律を奏でるドラム式カリヨンの誕生です。

世界最古の自動演奏装置がついたカリヨンは、1380年ベルギーのブリュッセル、聖ニコラス教会の鐘楼だと言われています。しかし、この鐘楼は1695年のフランスのブリュッセル砲撃により全焼してしまい、残念ながら現代に残っておりません。

ベルギーとフランスには世界遺産に登録された鐘楼群があり、今も見学する事が出来ます。中でも、マルクト広場にあるブルージュの鐘楼には47個の鐘で構成されたカリヨンが設置され、その音色は世界的に有名です。

ドラム式カリヨンがある鐘楼内も見学可能でオルゴールファンの人気スポットの1つになっています。ベルギーを訪れる機会があればぜひ立ち寄ってみて下さい。
時計職人たちの決断
アドルフ・ノーザン作 / ナポレオンのモスクワからの退却


1812年、ナポレオンのロシア遠征に続き解放戦争が起こり、フランスは混乱の時を迎えます。フランスの時計職人達は戦火を逃れ、フランス国境に近いスイスに移り住みます。時計職人のアントア・ファーブルが、スイスのジュネーブ科学協会に書類を提出したのもあって、オルゴールを最初に作った国という栄誉はスイスのものとなりました。

アントア・ファーブル作 / Musical Fob Seal


現在のサン・クロワには、かつての有名オルゴールメーカーパイヤール社の跡地に博物館ミュゼ・シーマ(Musée CIMA)、その隣にサン・クロワ美術館(Musée Sainte-Croix)が並んでいます。郊外にはミュゼ・ボー(Musée baud)があり、サン・クロワで作られたオルゴールやオートマタなどが展示されています。また高級オルゴールの老舗 リュージュ社ではオルゴールやシンギングバードの製造が行われており、今もオルゴール発祥の地として世界的に知られています。
1796年、スイスの時計職人アントア・ファーブルの手により作られた、世界最古のオルゴールは京都嵐山のオルゴール博物館に展示されています。
嵐山オルゴール博物館
〒616-8375 京都市右京区嵯峨天龍寺立石町1-38 TEL:075-865-1020
オルゴール全盛期到来
音楽を楽しむには生演奏を聞くしかなかったこの時代、オルゴールは唯一のオーディオ装置として全盛期を迎える事になります。

日本ではあまり馴染みがないものですが、自動演奏装置として独立したオルゴール「ミュージカル・フォブ(Musical Fob Seal)」も貴族の間で大流行しました。ベストやズボンについた小さなポケットをフォブと呼び、貴族たちは家紋やきらびやかな装飾が刻まれた小さな印章や懐中時計を、常にポケットに入れて持ち歩いていたのだそうです。

インターチェンジャブル・シリンダー・オルゴール


また、自宅で音楽が聴けるとあって、家具や調度品としてもオルゴールは人気となります。1862年にはパイヤール社によって、シリンダーを交換できるインターチェンジャブル・シリンダー・オルゴールが登場します。

市民革命を経たヨーロッパでは、貴族の間だけで許されていた音楽が、一般市民にも広がりを見せ、オルゴールはさらに人気を高めていきます。

家具調ディスクオルゴール


1885年ドイツで、ディスクオルゴールが発明されます。円盤状のディスクは取り換えが簡単で、シリンダーよりも安価で製造できて、瞬く間に世界中に普及していきました。
現代におけるオルゴール
1877年、エジソンが蓄音機を発明し、その後、エジソンの特許を避けて、エミール・ベルリナーによりレコード蓄音機が開発・販売され爆発的な人気が出ます。このタイミングによりオルゴールは短い全盛期を終える事になりますが、第二次世界大戦後、世界的に再ブレイクし今に至ります。

電力の普及や家電の進化に伴い、レコードやテープ、MD・CDなどが登場し、大量生産・大量消費される中で、オルゴールは調度品やギフトとしてのニーズを確立しています。
オルゴール音色の不思議
音をデジタル化する事により、人間の耳にあわせて音をカスタマイズ出来るようになりましたが、その反面、可聴域以外の周波数がカットされてしまうデメリットも持ち合わせています。

最近の研究では、人の可聴域を超える音の周波数が、人体に良い影響を与える事が分かっています。オルゴールを聞くと脳内にα波が発生し、自律神経の安定、集中力、リラックス、癒しなどの効果が表れ、ハイパーソニック・エフェクトと呼ばれます。

耳に聞こえない音なのに、なぜそのような効果が起きるのかは、今はまだ解明されておりません。今後様々な分野の博識者によって、音の持つ効果について研究されていく事になるでしょう。

ハイパーソニックエフェクトについては別の章で解説して参ります。
あとがき
現代において、全く用途の違う道具として認識されている、時計・鐘・オルゴール。

長い歴史の中で、その時代を生きる人たちの生活にあわせて、ライジングとイノベーションを繰り返し、その進化の過程で時計・鐘・オルゴールに共通点があったのです。

オルゴールは、差別、貧困、疫病、戦争や革命が起こっていた中世のヨーロッパで、人々の心を慰め、豊かにし癒し続けてきました。

ストレス社会と言われるこの時代においても、その役目に変わりありません。静かにオルゴールの音色に耳を傾ける時間を見つけてみてはいかがでしょう。

第ニ章:リュージュ社の歴史

19世紀のスイス情勢
ジャン=バティスト・イザベイ, Public domain, via Wikimedia Commons


スイスはフランス・ドイツ・イタリアと国境を接する多言語・混成民族の国家です。

18世紀末から19世紀にかけて、革命や戦争が続くヨーロッパで、異なる共同体が自治を求めて同盟を結び、1815年ウィーン会議にて永世中立国として承認され、スイスの最後の内戦である1847年の分離同盟戦争ののちに連邦国家が成立し、経済発展の素地が作られます。

第一次世界大戦(1914年-1918年)では、スイスは中立国として戦火は免れましたが、その影響を強く受けます。観光に依存し、資源に乏しかったスイスは、国境を守る兵にも給料が支払う事が出来ず、食品や石炭の輸入が途絶え、価格が高騰、困窮からスイスを離れる移民が急増します。同時に、戦火を逃れるため諸外国からの移民も増えました。

オルゴール発祥の地サン・クロワはフランスからの移住者が多かった事もあり、現在もフランス語が90%を占めます。
サン・クロワとオルゴール
サン・クロワ まちの風景


18世紀、スイスは服飾産業が盛んな国でした。そこにフランスから時計職人がスイスに移住としてきた事もあり、オルゴール発祥の地はスイス サン・クロワになります。

当時、西洋音楽は貴族と教会のものでした。18世紀末から19世紀にかけて起こった産業革命や戦争の影響で音楽は一般に徐々に広まり、誰でも音楽を楽しめるようになります。

これに伴い、オルゴール製造の分野でも、より複雑な音色を表現しようとしたもの、装飾を凝らしたものなど、付加価値をつけたものが生産されました。懐中時計などの小さなものから、家具や調度品に至るまで、バリエーション豊かに生産され、オルゴール黄金期となりました。

サン・クロワは、オルゴール産業の中心として栄えていましたが、1877年トーマス・エジソンにより蓄音機が発明・発表され、その後、エミール・ベルリナーによりレコード蓄音機が発表・販売され、爆発的人気となり、オルゴール人気が下火になります。

40軒ほどあったサン・クロワのオルゴール工場も経済的淘汰を余儀なくされ消えていきます。現在のサン・クロワにはリュージュ社の工場を残し、ほとんどは残っておりません。
創始者シャルル・リュージュ
リュージュファミリー


1865年、26才のシャルル・リュージュ(1839-1887)は、サン・クロワに移住し、懐中時計や香水瓶、ライターなどに仕込まれた小型オルゴールなどを作る、音楽懐中時計店を開きます。

若いシャルルが作る精密なオルゴールは、サン・クロワの名物として注目され、1867年に開催された、パリ万国博覧会(42ヶ国が参加、会期中1500万人の来場者)、スイスパビリオンでサン・クロワブランドとしてオルゴールが出展され、そのブームに火がつきます。

1876年ではフィラデルフィア万国博覧会、1885年にはアントワープ万国博覧会にも出展し、スイスのオルゴールは世界的に知名度をあげ、サン・クロワに鉄道が引かれたほどでした。
二代目アルベールによる組織化
1886年、シャルルの6番目の息子アルベール・リュージュにより、オルゴール製造メーカーの組織化が行われます。1977年にシンギングバードメーカーのEschle社、1985年にthorensのオルゴール部門を買収します。

1985年にドイツのパウロ・ロッホマンによりディスクオルゴールが発明され、ディスクの交換が簡単に出来ると話題になり、オルゴールの人気はさらに上昇し続けます。

さらに、翌年Lador社を買収、1991年にはCuendet社を買収し、オルゴールメーカーとして不動の地位を築きます。

その後、アルベールの妻アリスが経営を引継ぎ、その後3人の息子たちギド・アルベール・ヘンリがリュージュ社を引き継いでいきます。
三代目キド・リュージュの軌跡
1929年、世界恐慌が訪れ、1939年には第二次世界大戦が始まり、リュージュ社は資金難に陥ります。そんな激動の時代の中で、リュージュ3兄弟は「Kandahar(スキーのビンディング)」を発明し、撤退を余儀なくされていたオルゴール部門を維持する事が出来ました。

第二次世界大戦終了後、オルゴール業界に転機が訪れます。アメリカ駐屯兵の間でオルゴールをお土産として持ち帰るのがトレンドとなり、オルゴールを贈る文化が世界中に広まって行くのです。

小さくて低価格なオルゴールに人気が集まったのをきっかけに、品質の高い高級オルゴールも見直される事になりました。三代目のギド・リュージュは、パリのBontems社のシンギングバード事業を買収し、シンギングバードの製造を再開、続いてオルゴール付き懐中時計の製造も再開し貿易を学びます。
リュージュ社の今
カセットやステレオなどの流行に圧されているオルゴールメーカーや部門を買収し、唯一無二のオルゴールメーカーになったリュージュ社は、1988年、スイスの投資家グループに買収されて現在に至ります。

リュージュ社は、これまで培われたオルゴール製造技術を継承し続け、今もなおオルゴールの最高峰ブランドとしてブレイクスルーとライジングを繰り返しています。

また、リュージュ社のアンティークオルゴールは、世界中の熱心なオルゴールコレクターの注目の的にもなっています。

ギド・リュージュ自身もオルゴールのコレクターで、ジャクリーヌ夫人と共に世界中を訪れ、オルゴールコレクターと親交を深めてきました。

中でも京都嵐山オルゴール博物館には、キド自身のコレクションも展示され、過去200年の知識とノウハウ、美意識、技術が詰め込まれたアンティークオルゴールの生の音色に触れる事が出来ます。
リュージュ社の信念
伝統・品質・独占的・近代的・創造性

1866年から現代において、世代交代と買収・合併を繰り返しながら、オルゴール製造の技術はリュージュ社の魂として受け継がれています。

現在において、最高級・最高品質でオリジナリティあふれるオルゴールを製造しているのは、世界にただ一つリュージュ社のみとなります。

ひとつのオルゴールが出来るまでに最低3ヶ月。長いものでは一年もの歳月をかけて制作されます。

その時間は、優秀な職人たちが、オルゴールの美しい音色をつくるために、伝統技法と工程を守り続けている証なのです。

第三章:オルゴールが出来るまで

オルゴールのニーズと用途
古き良き時代に誕生したオルゴールは今も世界中で愛されています。

出産祝い・プロポーズ・音楽のプレゼント・お土産・記念品などギフトとして、音楽の分野では作曲、オルゴールメカを入れるボックスは木工やからくりなどの技術・工芸、理科や科学の分野では音響や電子機器との組み合わせ等でニーズがあります。また、コレクターの間では、アンティークのみならず、新作や特注品も人気です。世界中の文化が盛り込まれた工芸品として、オルゴールが採用されているものも多いのです。

さらには、基礎研究が進み、オルゴールが奏でる音成分が脳波や人体に影響を与える事が明らかになり、ハイパーソニックエフェクトと名付けられました。そんなハイパーソニックエフェクトの効果からオルゴールが再注目され、病院や施設などに設置されているのを見かけるようになりました。
オルゴールの作曲・編曲のコツ
オルゴールの作曲・編曲には、構造上の制約があり、音を間引いたり、付け足したりする、シンプルでありながら独特のコツが必要になります。

シリンダーゼンマイ式オルゴールの場合、18弁は約15秒、23弁・30弁は約30秒ほどの楽曲を入れる事が出来ます。演奏時間は18弁の場合は約3分、20弁・30弁は約4~5分間。ゼンマイの動力が切れるまで繰り返され、徐々にゆっくりになります。

既存曲の多くは、イントロ(導入部)、Aメロ(メロディパターン)、サビ(クライマックスメロディパターン)、アウトロ(エンディング)を組み合わせて作られてます。メロディパターンがいくつかある場合、Aメロ、Bメロとアルファベットを冒頭につけて呼ばれます。多くの場合、楽曲の最も印象的な部分で作る場合が多いようです。また使える音の数や長さにも制約があります。基本的にダイアトニックスケール(全音階)を使い作曲を行います。

オルゴールの櫛歯は一枚の金属板で繋がっているので、隣接する櫛歯を同時に弾くと音が濁ってしまいます。そのため、基本は主要三和音、アルペジオ(分散和音の一種)がよく使われています。また、櫛歯がはじかれ振動を続けているところに、次のピンが触れるとダンパーノイズと呼ばれる雑音が混じってしまいます。そこで、ピンは櫛歯をはじく前にダンパーを押し上げ、ピンが触れる前に振動を止める構造になっています。そんな理由もあって、4分音符よりも短い音、同じ音を連続で鳴らす楽曲はオルゴールには不向きと言えます。

しかし、楽曲によってはオルゴールにない音を表現しなければならない場合もあります。ない音とは#や♭がついた半音、ピアノで言う黒鍵盤の音なのですが、これを隣接する全音で代用すると、かなり違和感が出てきます。そういう場合は1オクターブ変えたり、アルペジオを利用して、耳をごまかすテクニックを使います。

ご自身で作られた楽曲をオルゴールにしたい方は、オルゴール専門の編曲家もいますので、是非AND HEARTまでお問い合わせくださいませ。

手回しオルゴール


また、サンキョーのオルガニート、ゼンオンのメロニカなど、専用の譜面を通す事で、オルゴールを奏でる手回しオルゴールは、自分で作曲して曲を奏でる事が出来ます。カードを繋げると長い楽曲でも演奏する事も出来て、学習教材としても人気のアイテムです。
オルゴールメカの製造工程

1.編曲
編曲者は、原曲をオルゴールのシリンダーのサイズにあわせて編曲を行います。この工程には音楽にも技術にも精通している必要があります。

2.針打ち
編曲に合わせて、シリンダーに小さな穴を開け、細い鋼線(ピン)を穴に挿入し切削します。

3.シリンダー検査
ピンがまっすぐで不足していないか、ルーペを使い入念に注意深く検査されます。

4.ガム引き
4.シリンダーの内側一面に樹脂を塗布します。こうして、すべてのピンが固定され、最高の音質が保証されます。

5.打ち抜き
コーム、速度制御機構、ゼンマイハウスの主要部品を作ります。鋼鉄製と真鍮製の板から金型を使用し打ち抜かれます。

6.切断
オルゴールの音を奏でるコームは、リュージュ社オリジナルのフライスカッターで、鋼鉄製の板を櫛の形に切り抜いてつくられます。

7.焼入れ
800℃を越える釜で焼入れを行い、硬度を高めます。

8.溶接
コームの低音域に属する櫛歯の下には鉛を流し込みます。丸みのある澄んだ音色を放つよう職人が1本1本研磨します。

9.調律
オルゴールのコームは、ピアノと同じように調律する必要があります。職人はまず振動数を確認し、1本1本研磨して正しい音階に調律します。

ダンパー
10.ルーペとピンセットを使用し、低音域の櫛歯の下にダンパーを貼り付けます。余分な振動を抑え、澄みきった音色を可能にします。

11.取り付け
職人は、長年の培われた経験と音感だけを頼りに音色を創り上げます。ピンとコームのバランスは、音色を左右する最もデリケートな作業です。

12.組み立て
オルゴールの組み立ては、すべて手作業で行われます。様々な部品が組み合わされ、心地よいテンポの美しい音色が奏でられるのです。
いろいろなオルゴール
REUGE社オルゴール Clara AXA.72.5203.000


歴史上では、貴族や富裕層が顧客だった事もあり、ベーシックなオルゴールは象嵌や螺鈿が施されたオールドスタイルが主流です。こちらについては別章で詳しく記載して参ります。



にぎる・ころがす・音がなる 天然木でできた ころころオルゴール


ベビーメリーや子供向けのおもちゃとして、ぬいぐるみや人形に組みこまれた安価で手に入るオルゴールも人気です。

オルゴール付き雛飾り


ケースに入った親王飾りには、オルゴールが組みこまれているものがあります。 桃の節句は日本独自の文化で、海外にはこれに該当する記念日はないのだそうです。 世界的には国際連盟により6月1日に定められていますが、日本では、1948年に定められた5月5日の端午の節句があったので、準拠する必要はなかったようです。

第四章:オートマタと天才技師

伝説の技師 ジャケ・ドロー
ピエール・ジャケ・ドロー


オートマタやシンギングバードを語るには、ずば抜けた才能と技術力を持った伝説の時計技師ピエール・ジャケ・ドローの存在を欠かす事が出来ません。

1721年、ピエール・ジャケ・ドローはスイスのラ・ショー・ド・フォンにある小さな農場に生まれます。 器用で注意深く真面目な性格だったピエール・ジャケ・ドローは、年上の親類などの影響を受け、17歳の頃から時計製作に没頭します。 ジャケ・ドローは次第にムーブメントに音楽機構やオートマタを組み合わせた時計を作り、裕福な顧客たちの注目を集めました。

時計職人として仕事が安定してきた1750年、ジャケ・ドロー29歳の時にマリアンヌ・サンドと結婚します。 翌年には娘ジュリーが、さらに翌年には息子アンリ・ルイが誕生しますが、 1755年に妻と生まれたばかりの2番目の娘が相次いでこの世を去ってしまいます。 その後、ジャケ・ドローは再婚せず、時計製作の仕事に打ち込みました。

ジャケ・ドローが31歳の時に、嗅ぎたばこ入れに納められたシンギングバードを作り、 当時、自然主義で啓蒙思想を持った王侯貴族たちに受け入れられます。

ピエール・ジャケ・ドロー作シンギングバードボックス


1758年、ヌーシャテル州知事ミロール・マレシャル知事の勧めがあり、 スイスから時間をかけて馬車でスペインへと向かいます。 運んでいった6つの作品は全て、マドリッド王宮やビリャビシオサ・デ・オドン城に購入されました。

ジャケ・ドローは、スペインで得た資金を元に、懐中時計や置時計、そしてオートマタの制作により一層没頭するようになります。

3体のオートマタ ヨーロッパで巡回展
息子アンリ・ルイと、養子として迎えたジャン・フレデリック・レショーも制作に加わり、ジャケ・ドロー&レショー社を設立します。 1773年にジャケ・ドロー&レショー社はより完璧で精緻なオートマタを作りはじめ、翌年の1774年に、地元スイスのラ・ショー・ド・フォンで3体のオートマタを発表します。

さらに翌年の1775年から1781年にかけてヨーロッパ中で巡回展を行い、世界中の愛好家を虜にし、ジャケ・ドローの名声を広めました。

絵を描くオートマタ/ドロワー(1773年製造)
CC BY-SA 2.0 fr/Rama

ピアノを奏でるオートマタ/音楽家
CC BY-SA 2.0 fr/Rama

文字を書くオートマタ/ライター
CC BY-SA 2.0 fr/Rama


巡回展で公開された3体のオートマタは、現在、 スイス、ヌーシャテル美術・歴史美術館に展示されています。
シンギングバードとは
シンギングバード


シンギングバードはオルゴールと違い、ヤギの革で作られたふいごが空気を送り出し、結び付けられた笛が鳥の鳴き声を奏でる仕組みになっています。実は笛は1本しか入っておらず、ピストンでトロンボーンのように音に高低差をつけ、鳥の鳴き声を再現しています。 鳥の羽根は一枚一枚丁寧に職人が植え付けているため、1日に2羽しか作れない、大変手の込んだ作品です。

リュージュ社 シンギングバード Byzance

ジャケ・ドローのシンギングバード製造技術はリュージュ社に受け継がれ、現在はふいごと鳥の羽根の装飾スキルとセンスを持つ職人の育成に力を入れています。
オートマタ作家 フランソワ・ジュノー



現代においてもオートマタの製造を行うアーティストがいます。

1959年、フランスとの国境から、そう離れていないスイス サンクロワで、フランソワ・ジュノーさんは、精密機械の製作に携わる一族の4代目として生まれました。 エコールテクニックでマイクロメカニックを学んだ後、オートマトン復元技術士をしながら、パリ国立高等美術学校エコール・デ・ボザールで、ドローイングと彫刻を学びます。

1984年、サンクロワに戻った後、ジャケ・ドローが開発したオートマタを伝統的技術で数年かけて作り上げました。

フランソワ・ジュノー作/オートマタ


フランソワ・ジュノーさんはその後、ローザンヌの連邦工科大学(EPFL)やスイス電子工学マイクロテクノロジーセンター(CSEM)などとコラボレーションを行い、これまで伝統的な技術で製造が不可能だったものを、3Dプリントで作るようになりました。

2020年、ユネスコは、ジュラ地方で活動するスイスとフランス両国の機械式時計職人の技能を無形文化遺産に登録すると決定しました。これには、時計の他に、機械人形やオルゴール、シンギングバードなども含みます。

伝統的技術と新技術を融合した彼の作品作りは今も続いています。

嵐山オルゴール博物館のコレクション
キド・リュージュコレクションを受け継いだ嵐山オルゴール博物館には、希少なオルゴールやオートマタ、年代物の装飾品や玩具など数多く展示されています。

ディスクオルゴール

シリンダーオルゴール

オルゴールの香水入れ

世界最古のオルゴール


1796年、精密時計技術から派生した、アントア・ファーブル作の世界最古のオルゴールから、 今はなきオルゴールメーカーの特注品や、全て手作りで制作されたフランソワ・ジュノー作オートマタなど、 その時代を象徴する希少価値の高いものばかりです。

フランソワ・ジュノー作オートマタ


嵐山オルゴール博物館のスタッフの皆さんは、歴史・技術・芸術的な観点から説明して下さいます。さらに、その音色を贅沢に奏で、私たちを中世のヨーロッパに誘ってくれます。

アンティークオートマタ / ビスクドール


嵐山オルゴール博物館の1階フロアには、巨大オルゴールゴスラーが展示されています。他にもリュージュ社の新作オルゴールが並び、実際に試聴と購入が可能です。

音楽、造形や装飾、メカの構造など、時代をまたがる叡智が集約したオルゴールの世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょう。

嵐山オルゴール博物館
〒616-8375 京都市右京区嵯峨天龍寺立石町1-38 TEL:075-865-1020

第五章:木象嵌の魅力

木象嵌とは
REUGE社 Clara AXA.72.5203.000


オルゴールの木製ケースには、イタリアの高級家具に見られる木象嵌(もくぞうがん)が施されています。貝がらを使ったものは螺鈿(らでん)、木材の色や節を生かしたものを木象嵌と呼びます。



古代エジプト アマルナ時代の木象嵌(ツタンカーメン展より)


木象嵌発祥の地はシリアだと言われています。その技術は世界中に広まり、その年代、その地域の文様や図案、芸術様式が取り入れられています。 中でもスペインやイタリアでは家具や土産物に木象嵌が取り入れられ、その精密さと美しさから高級品とされています。
シスマとキリスト教の教派
その土地が持つ資源、政治・宗教・思想や年代、貿易や経済的な発展など、様々な背景と環境から、その土地に住む画家や職人の熟練度に違いが出てきます。当時ヨーロッパでは、絶対君主制の国が多く、王族と政治、キリスト教が密接に関わっています。ここでは、ヨーロッパで起きた宗教分断についてザックリお話したいと思います。

キリスト教の歴史


14世紀、キリスト教はローマ帝国の国教でしたが、ローマ帝国が東西に分裂した結果、教会も東西に分かれることになりました。 これを大シスマと言い「分裂」という意味があります。 双方破門とし、東方=正教会が東欧へ、西方=カトリックが西欧へ、別々の教義を持つようになります。 そして16世紀頃、イタリアの聖ピエトロ大聖堂の建設費を集めるために、ローマ教皇レオ10世の名の下に売りだされた罪を軽減する贖宥状(免罪符)がドイツで売り出されます。

これに疑問を感じた、ルターが意義を唱えた事が端緒となり、北欧でプロテスタントが広がります。こういった啓蒙思想が広がり、シンプルな装飾を推奨するプロテスタントと対照的に、カトリックの教会は装飾過剰なゴシック様式に移っていきます。そしてその流行の中心はイタリアからフランスに移り、その後世界中に広がっていきます。

ローマ・カトリックの特長
聖母マリア像を祈り、十字架にイエス像があります。教会には巨大なパイプオルガンやステンドグラスなど立体的で芸術性の高い装飾が施されているのが特長です。神父は男性であり、結婚をしてはいけないという戒律があります。
プロテスタントの特長
偶像崇拝を好まないプロテスタントの教会は集会所の役割が強く、十字架と説教台があるのみのシンプルな佇まいです。職業は神から与えられた天職とした、カトリックとは真逆の労働観を提唱した事もあり、一般市民に受け入れられていきます。
東方正教会の特長
東方正教会又はギリシャ正教とも呼ばれ、主に東欧で広がりました。十字架には罪状書きと斜めの足台のついた八端十字架が用いられています。偶像崇拝を好まず、教会にはビザンティン美術の流れを組んだ平面的なイコン(聖像画)が飾られます。
シスマが起こり、それぞれに概念や規律が作られ、その国の文化として定着していきます。カトリック教徒が多い国は、芸術性の高い建築や調度品が作られ、プロテスタント教徒が多い国は、メカやからくりを作る技術力を伸ばしていくのです。

この後は、ヨーロッパの美術史と照らし合わせて、ざっくり書いていきます。
イタリア・ルネサンス時代の木象嵌(タルシア)
時代はさかのぼって476年、シルクロードの要であったコンスタンティノープルが失われた事により、大航海時代が始まります。ローマ帝国滅亡によりギリシャの知識人や芸術家たちは、ヨーロッパから東方への中継地として貿易で栄えていたイタリアに亡命します。当時、イタリアは、ヨーロッパの毛織物を東方へ、また、東方のスパイスを独占販売して富を得た富裕層が多く、彼らは芸術家たちのパトロンでもありました。

14世紀から16世紀までのイタリア・ルネサンス時代、ウルビーノ公国の君主であり傭兵隊長だったフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公は、宮廷に画家や文化人、知識人を集め、芸術活動を支援していました。

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ小書斎の木象嵌


この時代のカトリック教会には、聖職者のみが出入りするミサ準備室の棚や、 聖職者専用の祈祷台に木象嵌(タルシア)が施されています。

それまで幾何学模様が主流だった木象嵌とは違う透視図法が使われており、芸術家から指導を受けたのではないかと言われています。 このような透視図法を用いたタルシアの制作に携わった巨匠の中には修道士の名も残っていて、いくつかのカトリック教会に当時の木象嵌が残されています。

イタリアで培われた木象嵌の技術は現在も継承され、イタリアのクラシックスタイルの家具や調度品には、精密で美しい木象嵌が施されています。
ルネサンスからバロックへ
バロック様式 オーストリア ウィーン 聖ペーター教会
CC BY-SA 4.0 Diego Delso

16世紀末、イタリアのカトリック教会の装飾は、マニエリスム(様式にとらわれた模倣主義)を経て、 バロック様式に変わっていきます。

バロック様式は、建築や楽器・家具・調度品と、彫刻・絵画・音楽・文学などが一体となった総合芸術が特徴です。 これらはカトリックの反宗教改革運動やヨーロッパ諸国の絶対王政のプロパガンダとしての意味も含まれ、 凝った装飾、過度な光の対比、ゆがみや曲線の多用、豊饒さや壮大さを過剰に表現した芸術様式だと言われています。

その後、バロック様式はイタリアからフランスに中心を移し、ヨーロッパ全土に広がります。

ロココ様式 世界遺産 ドイツ ヴィーナスの巡礼教会
CC BY-SA 3.0 Danielloh79

厳格なバロック様式を引き継ぎながら、ルイ15世の公妾、マダム・ド・ポンパドールの影響を受けて、 貝殻や植物をモチーフにし、配色にパステルカラーに白・金などが用いられたロココ様式が登場します。

フランソワ・ブーシェ作 マダム・ド・ポンパドール
CC BY-SA 3.0 Andrew0921

おしゃれで賢く浪費家だった、マダム・ド・ポンパドールは、1764年に肺炎を患い42歳で死去、 1774年にルイ15世が天然痘を患い64歳で死去し、ルイ16世に実権が移った頃には、 装飾を抑え直線と均衡を重んじたルイ16世様式に変化していきます。この流れから、ロココ様式はバロック様式の一部だと考える人もいます。

ゴーティエ・ダゴティ作 地球儀のあるマリー・アントワネットの肖像


1744年、ルイ16世の妻マリー・アントワネットは宮殿敷地内の庭園を与えられます。マリー・アントワネットがそこに作ったのはル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌと呼ばれる素朴な農村風景とシンプルで簡素な建物でした。

マリー・アントワネットは唯一の安らぎと余暇を楽しめるプライベート空間を得たと同時に、宮殿内ではどんどん奇抜なファッションを取り入れ、貴婦人たちはこぞってマリー・アントワネットの真似をしたと言われています。
原点回帰へ 新古典主義
曾祖父や祖父の時代からの領土拡大や植民地戦争が原因で、ルイ16世は財政難に見舞われます。三部会(全三身分会議)復活を条件に、銀行から融資を受ける約束をしましたが、失敗に終わり、1789年フランス市民革命が起こります。

1792年、裁判により王権を失ったルイ16世は、翌年の1793年に処刑、同年後を追うようにマリー・アントワネットも処刑されてしまいます。後継者だったルイ17世は、ひどい虐待を受け1795年9歳で病死してしまいます。

絶対君主制の終焉と共に、ロココ様式の優雅で軽妙で官能的な雰囲気は、酷評の対象になってしまいました。

ジョン・マーティン作 ポンペイとヘルクラネウムの壊滅
ジョン・マーティン作 ポンペイとヘルクラネウムの壊滅


18世紀前半に発掘された古代都市遺跡ヘルクラネウム(エルコラーノ)やポンペイで、 当時の神殿や浴場・壁画などが見つかり、人々は古代ギリシアへの関心を高めることになります。 装飾性の高い宮廷美術から相反した啓蒙思想や革命精神を背景として、この時代にフランスで興ったのが新古典主義です。

新古典主義 Pantheon in Paris
新古典主義 パリ パンテオン
CC-BY-SA-3.0 Camille Gévaudan

ルイ16世処刑されて3年後の1796年、ヨーロッパが過渡期を迎える中、アントワーヌ・ファーブルが初のオルゴールを作り、新古典主義が広まる中、1865年に シャルル・リュージュがサンクロワで懐中時計店を開くのです。
木象嵌の魅力
オルゴールの装飾はヨーロッパの美術様式や流行が取り入れられています。

リュージュ社 日本国内数量限定生産モデル ブルーボックス-エスペリ
リュージュ社 日本国内数量限定生産モデル ブルーボックス-エスペリ


オルゴールボックスは、音を共鳴・増幅させる働きと共に、装飾の美しさと芸術性が要求されます。象嵌はカトリックが多く、芸術性に優れた高級家具や調度品の制作に長けた、北イタリアの職人の手により製造され、精密なオルゴールメカは、プロテスタントの労働観により救われたスイスの時計職人により作られました。

porter社 baroque model ディスクオルゴール


今も生産されている古典的なオルゴールケースの木象嵌は、シンメトリーに配置されたルネサンス様式の文様や、バロック様式の曲線が取り入れられている事が分かります。花や蔦を用いたそのデザインは、自然と文化、芸術に敬意を払い、中庸と調和の意味を盛り込んだものになっています。

第六章:ハイパーソニック・エフェクトとは

ハイパーソニック・エフェクトとは?
人間の可聴域は20Hz~20kHzと言われる
人間の耳で聞くことができるのは、一般に20Hz~20kHzまでの音だと言われています。そして人間が聞き取れない音を総じて超音波と呼びます。

神事や祭などのシチュエーションで、人々がトランス状態になりやすい事に着目し、超音波について研究し、科学者であり芸術家、ハイパーソニック・エフェクトの名付け親でもある大橋力教授です。

ハイパーソニック・エフェクトとは、周波数が高く耳に聴こえない高複雑性超高周波(40kHz以上を含む音)を、体表面から浴びる事で、心身におこるポジティブな効果の事を言います。 今も未解明な現象も多いハイパーソニック・エフェクトですが、米国生理学会の学術誌Journal of Neurophysiology(英語版)のウェブサイトで長年閲覧上位にランクされ、今も様々な分野から高い関心を集めています。

都市部にはほぼ存在しないと言われる超高周波は、山や海、滝などの自然界の音色、ガムランやオルゴールの音色に含まれます。超高周波を体で浴びる基幹脳の「情動神経系」の働きが活発になると、脳波はα波を示し、リラックスし集中力のある状態になり、美しさ・快さ・感動などを強く感じるようになります。脳内麻薬(ドーパミンやベータ・エンドルフィンなど)が血液中に放出されている事も確認されています。

さらには、自律神経系・内分泌系・免疫系の働きが強くなり、心身の機能全体がまとまって向上すると言われています。 これらの効果から、ハイパーソニック・エフェクトは、ウェルネス(ヨガ・瞑想・リラクゼーションなど)、教育(芸術的な鑑賞力や制作の力を養う)、ウェルビーイング(心身共に良好な環境作り)観光資源化(ヒーリングスポット・体験)の分野と相性が良いと言われています。

心身を健やかにする自然環境


最近では、科学的にも医学的にも超音波に関するエビデンスが増えている事もあり、病院の待合室や介護施設・エステティックサロンなど、癒しが必要な場面でオルゴールを見かけるようになりました。

デジタル音源
CDやyoutubeなどのデジタル音源は22kHzまでの可聴域の音成分のみで高周波の音成分は含まれていない。

アナログレコード
レコードは収録時の環境や素材・溝の形状、保存状態により大きく差が出るが、比較的再現率は高いと言われている。

オルゴール
オルゴールの音色には、3Hz~100,000Hzの高周波音成分が含まれ癒し効果があると言われている。
CDやyoutube、またイヤホンを通して聴く音源では、そのメディアの性質上超音波はカットされています。高複雑性超高周波をお手軽に浴びたいという方は、お近くのオルゴール博物館で生演奏を聴きに行くことをオススメします。オルゴールを購入して聴く場合は、72弁以上のオルゴールが効果的で、共鳴台と共に利用する事で音量が増幅します。
脳波の種類
私たちの脳の中には、およそ140億個の神経細胞が接続されたネットワークが構成されていると言われています。脳の神経細胞の間で行われる化学物質の情報伝達はリズミカルでゆらぎのある電気信号によってコントロールされています。 この小さな電気信号を増幅させて波長を記録したものが脳波です。脳波の発生メカニズムについては現在において不明だと言われていますが、これまでの測定値と被験者の状況から、脳波の値が診断指標として用いられています。

脳波の種類
β(ベータ)波 14Hz~30Hz
顕在意識活性化した状態。緊張状態で集中力は分散傾向にあるが注意力・認識力が高い。心配やイライラの状態。
α(アルファ)波 8~13Hz
起きていて、集中している状態。潜在意識が活性化し感覚が敏感になっている。ゾーンに入ると言われる状態はMid α波と言われている。
Fast α波 12~14Hz:緊張・集中
Mid α波 9~11Hz :リラックス・集中
Slow α波 7~8Hz :リラックス・意識低下
θ(シータ)波 4~7Hz
睡眠と覚醒の境界。まどろんでいる状態。
δ(デルタ)波 0.5~3Hz
無意識・ノンレム睡眠・脱力している状態。
ちなみにγ(ガンマ)波は、一般では解析対象外とされています。元々はβ(ベータ)波に組み込まれていたγ(ガンマ)波ですが、近年ではγ(ガンマ)波を対象にした研究が行われるようになり分けられるようになったのだそうです。

脳波から体や心の状態がわかる


プルチックの感情の輪


私たちは、臭覚・触覚・聴覚・視覚・味覚などの刺激を得て、記憶にアクセスし感情が導き出されます。中でも聴覚からの刺激は、音楽のリズムや曲調・歌詞にあわせて、楽しい、懐かしい、悲しいなど様々な感情にダイレクトに作用するようです。音が持つ性質と脳波との関係性は今はまだ未解明ですが、ハイパーソニック・エフェクトが起きる条件をオルゴールで作る事が出来る事が分かっています。

マインドフルネス 耳を澄ます瞑想


脳波にα波が現れるのは、温泉からあがった後、森林浴をしている時、波の音を聴いている時などのチルアウトやリラックス状態、さらには、頭が冴えて勉強や仕事に打ち込んで、時間すら忘れて集中している状態も含まれます。
最近では、音によるEGG(脳波活動)が注目され、健康増進・教育・医療・娯楽などの分野へ応用されています。測定機器にも進化が見られ、瞑想やヨガ、学習向けに脳波と連携したデバイスやアプリが登場しています。脳波を読み取り「念じる」ゲームや、脳波と筋肉の電気信号と連携して動くAI搭載義手・義足なども開発されています。 また、副作用のない根幹療法としてオルゴールが着目され、オルゴールを用いたリラクゼーショントレーニングが世界中のあちこちで行われています。
音とストレス


人が不快と感じる音がある


私たちは無意識に音によるストレスにさられているようです。

音によるストレスは、耳に聞こえる音、耳に聞こえない音の他、脳が作り出す音(幻聴・耳鳴り等)の3パターンがあります。

都市部では航空機・自動車や鉄道の他、建設工事から起こる低周波音に不快感を感じる方が多いそうです。低周波音は時に地響きとして伝わる事もあるので、不安を感じる方も多いのではないかと思います。若年層には防鼠装置の超音波が聞こえて不快といった事もあるのだそうです。

また、私たちは「黒板を爪でひっかいた音」に強く不快感を感じます。この音は、2000Hzから5000Hzの周波数で二ホンザルが発する警戒の叫び声と同等と言われています。強い不快感は、危険を察知する記憶痕跡による本能的な反応だと言われています。

クラクションや食器が割れる音などは、音も大きく驚きも感じるので、分かりやすい不快音ですが、給湯器やエアコンの音、コツコツといった足音、人の話す声など日常的にあまり意識せず聞いている音も含まれます。これらの音は何かに集中していたり、他の雑音でかき消されているのですが、自分の会話や睡眠などが妨害された時に意識する事が多いようです。

また、加齢により、高い音(モスキート音)が聞こえにくくなり、脳が「耳鳴り」を作り出すと言われています。耳鳴りを意識し出すと「耳障り」「うるさい」と感じます。こういった加齢性難聴が原因でおこる耳鳴りに悩んでいる人は全体の約3分の1程度と言われています。
耳鳴りは主観的な症状で、検査で確認することが出来ません。対処療法として不快な耳鳴りを意識しないよう、音楽やノイズを聞く事が主な治療法となります。波や滝の音、焚き火の音、植物の葉がこすれ合う自然環境音の他、クラシックやオルゴールの奏でる美しい旋律、そしてホワイトノイズと言われる音が治療に用いられます。
オルゴールの音色と音成分
オルゴールの音色は、人が耳で聴こえる音をはるかに超える3Hz~100,000Hzの音域を奏で、熱帯雨林などの自然音や、クラシックコンサートと同等の「心地よい音」「癒しの音」と言われています。

基本となる周波数の他に、その2倍、3倍と整数倍の周波数の振動がいくつも含まれる場合を「倍音」、また、音叉を2つ並べて片方を鳴らすと、空気の振動が伝わり、もう片方が鳴る現象を共鳴(共振)と言います。 金属の櫛歯を次々にはじいて振動させては止めるオルゴールは、耳に心地よい倍音と共鳴が複雑に入り交じり独特な美しい旋律と独特な音色を作り出しているのです。

オルゴールの音色に含まれる音成分はハイパーソニック・エフェクトの関係が周知されるようになり、歴史・文化・芸術面とまた違う視点でも評価されるようになりました。特に72弁以上のオルゴールで聴く「パッヘルベルのカノン」の繰り返しの下降旋律がリラックス状態に導くと言われています。

嵐山オルゴール博物館を訪れると、アンティークオルゴールの音色を奏でて下さいますので、京都・嵐山に訪れた際は、癒されに足を運んでみてはいかがでしょう。

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